(今回は医師向けの記事ですが、できる限り一般の方や医師以外の医療職の方にもわかりやすく読めるよう書いてみました。)
リハビリ科医以外の医師は誰しも街で杖や車いすを使用している方を見ますし、私たち医療者は杖や車いすを使用している患者さんを日々接しています。
しかし、実際にはリハビリに関わる療法士や医師・看護師以外の職種は杖や車いすについて学ぶことがほとんどありません。
今回はこれらの目的、特徴、使用方法や使用している本人も医療者もチェックすべきポイント、レンタルや支給できる制度について紹介していきます。
まず、杖・歩行器などの歩行を補助する「歩行補助具」と、車いすを合わせて「移動補助具」と総称します。移動を補助する道具、というそのままの意味ですね。
移動補助具は下図のようにたくさんの種類があります。どれを選択するかは屋内・屋外、介助する人がいるかいないか、時間帯(日中・夜間)などの本人の周りの要素(環境)も大きく影響しています。
図 様々な移動補助具
出典 松浦広昴:プライマリ・ケア医に役立つ移動補助具を使ったリハビリテーション.日本プライマリ・ケア連合学会誌.2020;5(2):26
歩行補助具(杖、歩行器)の目的は以下の3点です。
- 支持基底面(※)を広げ安定性を高められる。
- 体重を補助具に分散させて足にかかる体重を減らすことができる。これを免荷(めんか)といいます。
- 重心を後ろから前に移動する際の代償ができる。(杖で地面を押して体を前に出すイメージ)
- 歩行や足に問題があることを周囲にアピールすることができる。
※支持基底面
体重や重力により圧を感じることができる身体表面(支持面)とその間にできる底面のこと。1)支持基底面が広いほど安定性が良いとされます。
図 左上:足を閉じて立っている場合 右上:足を開いて立っている場合 下:足を開き杖をついて立っている場合
(出典 日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会監修,義肢装具のチェックポイント第8版,医学書院,2014,東京)
一方で欠点は以下の通りです。
- 練習が必要である。
- 濡れた路面や底面の状態によっては滑る可能性がある。
- 周囲にぶつける可能性がある。
- 幅を取る(特に歩行器)。
- 劣化や破損が生じる。
・杖
「転ばぬ先の杖」ということわざがあるように、杖は歩行補助具として古くから使用されています。英語ではケイン(cane)とクラッチ(crutch)に別れ、身体と1点のみで接するものがケイン、身体と2点以上で接するものがクラッチです。
・ケイン:T字杖、四脚杖など
・クラッチ:ロフストランド杖、松葉杖
・T字杖
最もよく使われるのは持ち手がアルファベットの「T」の字の形である「T字杖」です。T字杖の利点は比較的軽く、地面に対して斜めにもつくことができることです。この自由さがあるため、坂道や凹凸があるなど様々な環境で使用しやすい杖と言えます。一方欠点としては、体を支える力は比較的弱いため、基本的には杖がなくても歩行可能であること、杖をつくための手の力が必要です。また杖そのものは置く際にどこかに立てかけないと倒れやすいことも欠点ですが、最近は底面が少し広く地面に立たせられる杖も販売されています。
T字杖の長さの目安は杖をついた際にグリップ部分の高さが大腿骨大転子部(図)にあることです。
多くの杖は数cm間隔で長さを調整することができますが、体格や体型などによって最適な杖の長さには人によって差があり、使用する人自身の感覚も大切です。
片側の足に問題がある場合、杖はどちらの手で持つのが正しいでしょうか?正解は問題がある足と逆側の手で杖を持ちます。
この理由については下の図を参照してください。
この図では人を正面から見ています。左側は左足が悪い場合、右手で杖をついています。支持基底面が広くなり、てこの原理から左足にかかる荷重を小さくすることができます。一方右側は左足が悪い場合、左手で杖をついています。支持基底面が狭く、左足にかかる荷重は大きい状態です。
図
出典 千野直一監修.現代リハビリテーション医学改訂第4版.金原出版株式会社.2017
また、杖の末端にあるゴムは使用に伴い摩耗します。ゴムの溝がなくなっている場合には径のサイズを確認の上、交換しましょう。杖を購入した販売店や義肢装具業者で杖先のゴムを購入できることが多いです。
図 YouTube 「杖の使い方クイズ【正い杖の持ち方・つき方】」(SINANO Japan)
・四脚杖
脚が4つあり「4点杖」と呼ばれます。杖のみで立ち、T字杖より支持基底面が広いことがメリットです。一方で全ての脚が地面に接地する必要があり、不整な路面では使いづらいばかりでなく、危険です。また脚が1本の杖に比べて広いスペースが必要で、病院や施設以外での使用される頻度は比較的少ない杖です。
・クラッチ:ロフストランド杖、松葉杖
クラッチはケインに比較して十分に免荷が可能です。ロフストランド杖は前腕カフ(輪)を通して前腕でも支持できるため、握力が低くても使用しやすいことが特徴です。また片手しか使えない場合、前腕カフに杖をさげて手でドアを開閉するなどの動作ができます。松葉杖は最も免荷できる杖ですが上肢の筋力を必要とし、エネルギーを消費しやすいことが欠点です。
・杖のチェックポイント まとめ
①杖を手で握る高さは大腿骨大転子が目安です。ただし体格や慣れなどにより最適な杖の長さには個人差があります。
②原則として片側下肢に問題がある場合、逆側の手で杖を持ちます。
③杖先のゴムが摩耗していないか、溝の消失をチェックしましょう。
・歩行器、歩行車
歩行器、歩行車とは両側上肢で操作し、人体を取り囲むような枠構造を持つ歩行補助具を指します。杖よりも支持基底面がさらに広くなりますが、90cm程度と幅が広いこと、原則として平地でのみ使用可能であることから、使用できる環境であるかを杖よりさらに慎重に検討する必要があります。もし歩行器を自宅内で使用する場合は段差を減らすなどの環境調整や場合によっては改修工事が必要になることもあります。
ちなみに、歩行器、歩行車はシルバーカー(図2の左から4番目)と混同しやすいですが、シルバーカーは荷物の運搬や座る機能が主であり、歩行補助具がなくても歩行可能な人が対象となります。そのため歩行器は介護保険サービスとしてレンタルができますが、シルバーカーはレンタルの対象外です。
歩行器にはたくさんの種類ありますが、代表的なものとしては末端に車輪の無い「四点歩行器」(いわゆるピックアップ歩行器)(図2の左から3番目)と、末端に車輪がついた「四輪付歩行器」(図2の左から2番目)の2種類が大多数を占めます。
四点歩行器は比較的軽いため段差を乗り越えやすいことがメリットですが、毎回歩行器を持ち上げる(ピックアップ)必要があるため連続歩行は難しく、持ち上げるための上肢や体幹の筋力が必要です。特に胸椎や腰椎の圧迫骨折後は歩行器を持ち上げる際に脊椎に負荷がかかるため、痛みが出やすいので注意が必要です。
四輪付歩行器は連続して歩くことが可能で、テーブル・ブレーキを取り付けられる、上肢や体幹の筋力が少なくても歩きやすいことが利点です。ただし段差を乗り越えることが難しく、足の動きが四輪の動きについていけない場合は危険です。
障害者総合支援法による分類は以下の通りです。
・手動車いす:使用者自身で駆動・操作を行う車いす
・介助型車いす:介助者が駆動・操作を行う車いす
・電動車いす:モーターを使った駆動装置を搭載し移動に使用する車いす
製作方法による分類は以下の通りです。
・レディメイド車いす:決まった規格に合わせて作られた既製品の車いす
・モジュラー車いす:交換可能な部品があり、ある程度調整が可能な車いす
・オーダーメイド車いす:採寸し利用者の体格に合わせて製作された車いす
車いすは杖や歩行器では実用的な歩行が難しい方、転倒する危険性が高い方などが使用します。「車いすは高齢者が使うもの」、というイメージを持たれるかもしれませんが、事故などが原因で若い人にも受傷しうる脊髄損傷や、生まれつき・または生まれてすぐに発症する脳性麻痺などの方も多く使用しています。
車いすは歩行器と同様に80−90cmの幅があります。自走用の場合、両手でこぐことが一般的ですが、片麻痺(左右片側の手足の麻痺)がある場合には麻痺がない側の手と足でこぐ場合もあります。こぐ時はタイヤそのものを持つのではなく、タイヤの外側にあるハンドリムという輪を持ちます。
自分自身でこげない場合には電動車いすを選択することがあります。電動車いすにはバッテリーが必要なため重量が重くなります。操作はジョイスティックレバーなどを片方の手で操作して行うことが一般的です。手で操作できない場合は顎で操作するチンコントローラーなどもあります。
車いすには座る・移動すること以外にも様々な機能があり、必要に応じて選択します。
自分自身で姿勢を換えられない場合や血圧が下がりやすい場合、電動ベッドのように背もたれ部分が上げ下げできるリクライニング機能のある車いすを選択されることもあります。
チェックポイントとして、レディメイドの車いすは患者の体格や体型(円背など)に必ずしも適合していないことがあり、座面や背面にクッションを入れるなどの工夫が重要です。また、立っていられない方の場合、体の側面にあるアームサポート(肘おき)は跳ね上げ式や着脱可能なものであると車いすからベッドなどに乗り移る際に動線の妨げとならないため便利です。足台(フットレスト)なども取り外し可能なタイプもあり、車いすの機能を確認しておくことは事故の予防につながると思います。
車いすを介助者が押す際に注意すべきこととして、エレベーターに乗る時と下り坂では原則として進行方向に対して後ろ向きで移動すること、曲がり角を曲がる際は出会い頭の衝突を避けるため大きく回ることが挙げられます。
また、移乗時にはブレーキがかかっているか、フットレストから足を下ろしているかを必ず確認しましょう。
近年、ペダル付き車いす(https://cogycogy.com/)、高齢者向けシニアカー(https://www.suzuki.co.jp/welfare/entertainment/attraction/)も開発されている。
これまで説明した移動補助具について、それらを得る手段とそれに関わる主な3つの制度について説明します。
一本杖 自費負担
一本杖以外の杖、歩行器、歩行車、車いす 介護保険サービス、自立支援給付(障害福祉サービス)、自費負担
・介護保険
介護保険法による制度で、65歳以上、あるいは40-64歳で特定疾病(表)を持つ方が対象(被保険者)です。被保険者は介護に必要な福祉用具として、レンタルや購入の補助を受けられます。
介護保険の区分には要支援1、2、要介護1-5の7段階があり、要支援および要介護1は歩行補助具、取り付け工事を伴わない手すり及びスロープのレンタルのみ可能(利用者負担割合1−3割)、要介護2以上では車いす、特殊寝台(いわゆる電動ベッド)、移動用リフトなどの貸与が受けられます。特定福祉用具(トイレ・入浴用具、リフトのつり具部分など)は購入のみ可能で、利用者負担割合は1−3割です。ただしそれぞれの福祉用具の必要性については被保険者の状態に応じて判断されます。
表 介護保険の特定疾病 (厚生労働省Webサイトより引用 https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/nintei/gaiyo3.html)
・自立支援給付
障害者総合支援法が定める障害福祉サービスで、支給されるものを「補装具」と呼びます。身体障害者の場合、サービスを受けるために身体障害者手帳が必要です。
補装具には義肢(義手・義足)、装具、座位保持装置、車いす、電動車いす、歩行器、歩行補助杖(一本杖を除く)などが含まれます。
補装具のうち今回取り上げたものの中では、車いすについては支給を受けるために「適合判定」という手続きを経る必要があります。支給までに時間がかかることが多いので注意が必要です。
自己負担額については利用者の所得に応じて異なります。詳しくは厚生労働省のWebサイト(https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/yogu/hutan.html)をご参照ください。